安全に用いるからこそ

交通事故で、誰かを巻き込んでしまった場合、そこには必ず被害を受けた人がいるわけで、やはり私達はその事態に多かれ少なかれ対応しなければなりません。いえ、対応するべきなのです。しかし、出来れば私達はそういった事態に遭遇したくない、誰かに後遺障害を負わせるような事態にはなりたくない、と思うことでしょう。それは、当然のことです。そしてそれは、自分が遭わなければそれで良い、というわけではなく、自分も含めて、多くの人が交通事故とは無縁の社会、それによって障害を負ってしまうことが無いような社会にしてほしい、と思うことでしょう。実際のところ、そういった技術は開発されてきています。最近では、いわゆる『危険予知』や『自動運転』といった技術が進んできました。もし運転手が眠ってしまっても、車のシステムが勝手に判断しブレーキなどを行ってくれる技術、それだけでなく、実際に発射場所から目的地まで、信号や周囲状況の判断なども含めて、ほぼすべてを自動で行ってくれる技術、それらが注目されています。

それらが進んでいくことが、いわゆる『事故やそれによる後遺障害が減ること』…いえ、ゼロになることに、直結するようなものとなっていくことが願われます。

等級が認められれば…?

簡単に『負ってしまう』という表現では片付けられないほど、実際に交通事故によって後遺症が残った方は、今までの生活とは正反対の生活を強いられている方もおられます。それも、自分には本当は全く関係が無かったのに、そういった事態になっている、という方もいるのです。後遺症による障害――後遺障害には、『等級』というものが認められるようになっています。それは、その症状が重ければ重いほど、上の等級になっていくものです。

例えば、片目の視力が低下した場合と、片目の視力を失った場合、またはそれに似た症状となった場合においては、等級が異なっています。当然、視力を失った場合の方が、等級が上となります。そのほかに、足や腕など、体のどこか一部を失った場合においても、それらが適用されます。そのように等級が適用されてはじめて、いわゆる後遺障害として認められるようになります。交通事故はその形態が各交通事故の被害状況によって異なります。往々にして、小型車は大型車よりも大きな事故になりやすい、と言えます。ですから、誰がどのような被害を受けるか、というのは分からないのです。

交通事故による後遺症を負ってしまった場合は障害の等級を取得することで給付金を受け取ることができます。弁護士などの専門家に相談をしながら、対応をしていきましょう。

後遺障害とその種類

さて、ここで一つ話を変えて、『後遺障害』についての点を取り上げましょう。車の事故とは、密接に結びついている、と言えます。何故でしょうか。車の事故は、予想しているよりも、事故の規模が大きくなってしまうことがあるからです。そこまでスピードは出していなかったのに、ただ少しだけ眠ってしまっただけなのに、携帯電話で少しだけ話していただけなのに…そのように本人が「~だけ」と話してしまうような、単純と思えるようなことであっても、結果的にそれが甚大な被害を発生させることがあります。それは、自分で単独で事故を起こしてしまった、ということなどは、異なった半面を持っています。なぜなら、そこには被害者という存在があるからです。事故を起こしてしまった場合、もしそこの責任が全て自分にあり、確実に被害者が出ており、怪我、重症等の状態になっていることが分かっていれば、いえ、分かっていなくても、その人を救護する義務が、事故を起こした側にはあります。それは、いわゆる責任を取る、ということです。

しかし、実際にはそれで終わりではありません。その事故によって、体の一部分を欠損したり、半身不随になったり、何らかの脳の障害を持ってしまうことがあります。

後遺障害―テクノロジーの進歩が防げなかったもの

テクノロジーの進歩、私達の生活、そして人生…それら3つは、容易に密接して社会を作ってきたものと言えます。テクノロジーの進歩があったからこそ、私達の生活が変わり、人生が変わりました。私達の生活が無ければ、人生もなく、テクノロジーの進歩もありませんでした。人生もまた、同じです。それらが向上させてきたものは、私達の人生そのものを充実させてきた、ということです。いわゆる、『生きやすく』させてきた、と言えます。生きやすい、という言葉は少し語弊があるかもしれませんが、そのくらい私達の生活が進歩したテクノロジーに支えられていると言っても過言ではありません。進歩したテクノロジーの中には、交通手段、があります。と言っても、飛行機や船という話ではなく、もっとも私達とかかわりの強い手段です。それは、自動車です。私達が乗る車は、より私達が乗りやすいように…いわば、「生きやすい」ように進歩してきました。そうすることによって、私達の生活も豊かになったのです。

しかし、車は私達の生活を良くしただけではありません。それを活用する人の使い方によっては、それが本来の目的とは、まったく正反対の役割をするもの、命を脅かすものになってしまうことがあるのです。それによって、後遺障害などを背負って今までの人生とは異なった歩み方を強いられることがあります。車は、良い用い方をすれば、進化したテクノロジーの一辺を見られるものですが、間違えて用いられたとき、それは凶器に変わります。